エッセイ

おばけ


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りゅーいち

見たくないもの。

小さい頃から、怖い話やホラー映画が嫌いだ。

嫌いというのは半分嘘で、怖いもの見たさの気持ちはある。けど、見た瞬間だけじゃなくて、その後の日常にも侵食してくるのが嫌すぎる。

夜道を歩いている時、後ろにいたらどうしよう。お風呂でシャンプーを流した後、目を開けると鏡の中に映っていたらどうしよう。車で帰宅中、後ろの席に座っていたらどうしよう。

怖い話は、せっかく忘れかけていたその存在を何日も意識させてくるから嫌だ。ジェットコースターは好きだ。

最近また映画を見た。ホラー映画だということを忘れていて、見ていたら普通に人が死ぬシーンが出てきて、びっくりしすぎて「ウェッ」って漏れ出た声を劇場内に響かせてしまった。

これまで見てきた大抵の映画は最後に生きる希望とか素晴らしさを教えてくれていたのに、そうではなくてびっくりした。エンドロールを見ている間、エンドロールを見た後、作品がとても露悪的なものに思えてきて「酷いものを見せつけられてしまった」とショックというか憤慨の気持ちさえ生まれそうになった。けど、後から後からこんな表現もあるのかと揺さぶられた。人間やこの社会の嫌な部分をどんどん積み重ねて破壊する感じが圧巻だった。

自分がエッセイや日記を書く時は、この世界の美しさや、忘れたくないきらきらしたような気持ちを書きがち。だけど、醜い部分や嫌な部分も書くとおもしろかったりするのだろうか。

この前ファミリーマートのスタッフの新しい制服をインスタで見て、かっこいいと思った。ファミマに行くとすでに制服が新しくなっていてテンションが上がった。会計中に思わず「制服変わったんですね」と声をかけてしまった。コンビニの店員さんに雑談を仕掛けるなんて初めてだった。この前見た映画の舞台がコンビニだったことも関係しているだろうか。

これを店員さん視点の物語にした場合、変わり映えのない毎日の業務の中に起きたちょっとうれしい出来事と描くこともできるし、制服についてコメントしてきたキモい客と描くこともできそう。現実的には、その中間くらいで、今日ちょっと変な客がいた気がするくらいの出来事かもしれない。

一つの出来事も両方の側面を持っていて、世界は美しいと見るか、世界は最悪だと見るか、作者がどっちのフィルターで世界を切り取るかで全然違う物語になりそうだ。

自分が文章を書く時は、美しい側のフィルターばかりで出来事を拾い集めている気がする。忘れたくないから、後で読み返した時にその気持ちを思い出せるように自然とそうなってしまう。読んだ人にも希望側の感情を持って欲しい気持ちが強い。

ではバッドな結末やホラー映画を作る作者や監督はどういう思いでその作品を作るのだろう。鑑賞者をひたすら嫌な気持ちにさせておもしろがっている?作品の中で自分の人生の鬱憤を発散している?…

考えてみると、世界に絶望している人が、希望を与えるポジティブな映画を見ても、余計に苦しくなるかもしれない。逆に絶望的な映画を見た方が、鬱憤を晴らせて生きる気が起きるかもしれない。自分と同じ方向から世界を見ている人がいることがわかって安心するのかもしれない。

自分もそっち側から世界を見てみようか、書いてみようかとも思ったけど、今はあまり世界に絶望していないから、そっちはそっち側から見えている人に任せるか、自分に本当にそれが見えた時に書こうと思った。


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