Diary

日誌ではなく、日記。
その日あったことではなくて、忘れたくない感覚や考えたことを残しておくメモのようなもの。

4月16日(木)

ゴミ捨てに行く途中に見える近所の公民館の桜の木にもう花びらはなく、葉っぱになっていた。忙しく散歩もできない日々を過ごしているとタイムスリップしたみたいに季節が過ぎてしまう。見逃したくないなあ。

4月12日(日)

明日が妻と長女の誕生日。先日長女が「ママ誕生日に欲しいものある?」と聞いて、あると言ってて、あったのか!と思った。毎年自分が勝手に選んだものを渡していたから、今年もそのつもりだったから聞いといてよかった。長女ありがとう。

ということで、家族で倉敷のアリオに行って、プレゼントのピアスを買った。

帰った後、試しに付けていてよく似合っていてよかった。

4月11日(土) その3

保育園に迎えに行くと桜の木があり、桜について考える。

小学校にも桜の木はあるし、中学校にも、高校にも桜の木がたくさんある。入学式の時期になるとまるで新入生を歓迎する舞台装置のように咲く。そこに配置したのは人間の意図的な操作だけど、花が咲くスイッチは人間には操作できなくて気温と桜のみぞ知るというのはおもしろいことだなと思った。しかもそのスイッチが一度だけではなく毎年発動するのもおもしろい。

入学式の時期にちゃんと咲くのもすごい偶然だなと思って、もしや桜が咲くから新学期の始まりを4月に決めたのだろうかと、大発見をした気分になったけど、調べてみると全然そういうわけではなかった。

けど、桜も咲いてめでたいですし、4月はじまりにしましょか〜という薄らとした意思決定の材料にはもしかしたらなっていたのかもしれない。

4月11日(土) その2

ラジオネーム「某都民」という人がいて、これは某+都民なのか、某都の民なのかどっちなんだろうと思い、歌詞を読んだら某都の民っぽかった。

4月11日(土)

今日も朝から同じ道を散歩して、この前見た法面の上の方にある桜に気づかず通り過ぎようとしたところ、上の方から紙吹雪みたいに演出みたいに花びらがぱらぱらと落ちてきた。

見上げると葉っぱがいっぱい生えていた。

4月10日(金)

TaiTanさんが関わっているジョニーウォーカーブロンドという新商品のポップアップイベントとライブが東京であり、その空気だけでも感じようと思い岡山の僕は律儀に(?)このジョニーウォーカーをAmazonで注文していた。

イベントのサイトに載っていたレモネードハイボールがすごくおいしそうで、家で作ろうと思い、コンビニでレモネードと炭酸と氷を買って帰った。

わが家でハイボールを作るのは初の試みだった。妻もおいしいおいしいと飲んでくれて、子供達もわらわらと集まり、レモネードと炭酸と氷をグラスに入れておいしいおいしいと喜んでいてよかった。

長男が、20歳になったらパパと居酒屋でお酒飲みに行くのを夢にすると言ってて、長く生きるとそんなイベントもあるのかと12年後が楽しみになった。

4月9日(木) その2

夜中に仕事を終えて、一人でご飯を食べながらインスタを開くと珍しく朝井リョウさんの投稿があり、読んでいるとなんとイン・ザ・メガチャーチが本屋大賞に選ばれたとのこと。いや〜めでたい。むしろメガチャーチが選ばれなかったらわざと外したのではと思うくらい本好きも本好き以外の人もみんな読んでいたので、納得の結果でしょう〜

受賞の連絡を受けた朝井さんは無意識に大笑顔でスキップをしていて、過去2回ノミネートして落ちても意識しないようにしていた自分がいかにこの賞が欲しかったかを知ったらしい。めちゃめちゃ微笑ましい。

おめでとうございます。

4月9日(木)

たまに聞いているPodcast番組で、子供の頃はめっちゃゲームしてたのに大人になってからしなくなったという話をしていた。自分も全く同じで、なぜだろうと思って、子供の頃って現実世界の方の自由度が低すぎるからではないかと考えた。学校、勉強、部活ぐらいしか選択肢がなくて、遠くにも行けないし、時間もお金も自由に使えないし、けどゲームの中でなら自由に旅に出たり、スキルを上げたり、お金を集めたりできる。ドラクエだと職業を選択してレベルを上げて、転職したりできるのが自分はすごく好きだった。

大人になると現実の世界の方が自由度が増した。

あの頃はゲームが大人の擬似体験というか、人生の拡張みたいな役割を果たしていたのかもしれない。

4月8日(水)

いろいろとやることはあるけれど、今日は散歩に行きたい、絶対に行きたいと思い、スマホを置いて散歩する。平日でも朝の散歩の時間だけは時間から逃れられる感じがする。

毎年一番最初に春を教えてくれる梅の木にもう花の色はなくなって、新芽の緑が茂っている。

住宅の法面の高いところに桜の花が咲いていて、こんなところに桜があったっけ、あったか、あったっけと思う。

もう少し歩くと、毎年咲くのを楽しみにしている桜の木があって、そいつはびっくりするぐらいもう葉っぱの方が多くなっている。

同じ町内でも日当たりの良さによってこんなに咲くタイミングが違うものかと知る。

早咲き、遅咲き。

毎回同じ道を歩いているのに、色々と景色は変わっておもしろい、気温も違うし空気も違うし。

2月の雪が降った次の日の朝は、ご近所の玄関先に子供サイズの雪だるまが置いてあったのを思い出した。

4月7日(火)

Podcast界隈の人がおもしろかったり、クリエイティブだったり、温かかったりするのは、そこに儲かる仕組みがないからではないかとふと思った。誰に頼まれてもいないのにただ自分達がおもしろいからやるという空気感がPodcastに残っているのではないか。

それは昔のインターネットであり、昔のTwitterなのではないか。

YouTubeやXみたいに、お金が稼げる仕組みが入ることでつまらない人や悪い人がどんどん入ってきてしまう。

殺伐とした令和のインターネットの中で、どうかPodcastだけは稼げないメディアであり続けますように。

4月6日(月)

長男を学童に送るときに、車でPodcastを流していたけど、長男が喋りはじめたから話を聞くためにPodcastを停止した。小学校の桜が見えてきて、そういえば今年はまだあの曲を聴いてなかったと思い、iPhoneに「東京事変の緑酒(りょくしゅ)を再生して」と言うと「東京事変の緑酒(みどりざけ)を再生します」と言って再生してくれた。桜の横を通り過ぎながらこの曲を聞くとここ5年くらいのこの時期のことを、思い出したわけではないのに、ぶわっと思いだせた気がしてよかった。これは音楽にしかできないことだなと思う。来年も同じことをするだろう。

4月5日(日)

長女のダンスの発表会の日。早島の桜まつりに行ってきた。最近なんだか桜って毎年見飽きたなぁとか思っていると、行く途中に道路沿いに咲いている菜の花の黄色が、ピンクよりも新鮮に映って、今までで一番この花をきれいに感じた。目と心が潤う感じがあった。

会場内のシルバーの会みたいなテントの下に、幼稚園の頃にお世話になった加藤先生がおられて、その姿が30年以上前の姿とほとんど変わらなくてすぐにわかった。加藤先生、天城幼稚園の梅野です、と声をかけると、先生は「覚えてる」と膝から崩れ落ちるようなポーズを取った。「こういうことがあるから人生っていいんよね」と言葉にされていた。別れ際にどうしても握手をしたくなって、手を出して握ってくださった加藤先生の手は少しひんやりしていて力強かった。加藤先生の年齢まであと30年以上あるので僕も「こういうこと」を見つけながら生きていきたいな。

長女のダンスを見た帰りに、家族5人で会場の裏にある早島公園に桜を見に散歩した。とてもきれいで、穏やかで、こんなに近くにこんなに良い場所があったのかと思った。こういうことがあるから人生っていいんよね。知らない事ばかりだ。

4月4日(土) その2

谷内庸生さんのトークショー、行けて本当によかった。谷内さんはカンヌの黒澤明監督の展示のアートディレクションをしていた時に「なんで人のものを作っているのか」という気になってきて、デザインの仕事はすっぱりやめて、アートの道に進んだそう。それが50歳を過ぎたくらいの時。デザインを辞めても生きていくためにはお金が必要なので、どん底みたいなアルバイトもした。その経験は本当に本当に良い経験になった、と心の底から出てきている言葉で語られていたシーンが印象的だった。

アートに値段が付くことにも疑問を持っておられた。アートが高値で取引されることについて、価値が付くことについて、それはアートなのか、と。そう考えて、自分の作品を売ることもあまりしてこなかったそう。

最近、仕事は仕事で、自分のやりたいことや表現については、そこにお金を稼ぐための仕組みを無理やり入れて、それも生活のために拡大させていくのではなく、小さくてもそっちはそっちで続けていけるくらいのお金が回っていけば良いのではないか、と考えるようになったことも相まって、谷内さんの生き方にすごく共感したし参考にしたいと思った。

今回のトークショーのためにBGMを作られたnensowさんにご挨拶して、話をしていると、自分が大好きでよく聴いているfuzkueの店内のBGMを作った方だということがわかり、衝撃的すぎて鳥肌がたった。最近聴いていたCOCHAEの玩具工芸社のPodcastのジングルもめちゃめちゃ良いな、世の中には変わった音を作る人がいるものなんだなぁと思っていたら、同一人物だった。しかも同じ倉敷出身とのことで、なんとこの世界は小さいのかと、大人になる度に思う。

トークショーの後、谷内さんやCOCHAEや備凸工の皆さんとの打ち上げにお邪魔させてもらって、その会も本当に楽しかった。京都の丹後でちりめんの織物を作っている自分と同じくらいのの世代の2人組が来られていて、その方たちから話を聞けたのもおもしろかった。2人で共同代表で合同会社を作って3期目とのことで、めちゃめちゃモノグみたいだった。

昨年から、わざわざその場所に言って生の話を聞くことは本当に良いなと思う。Podcastや動画でも人の話は聴けるけども、そこに行ったという事実が人生に与える影響が大きい。

4月4日(土)

今日は結婚記念日!

妻は仕事なので、その間に長女と長男と花屋に行く。プレゼントに花束と、リビングに置く少し大きめの観葉植物を買った。3人で一枚ずつメッセージカードを書いた。花屋はほとんどのお客さんがうれしい気持ちやわくわくした気持ちを抱えてそこにいるのかもしれないなと思うとなんとピースフルな空間なのだろうかと今日初めて気付いた。花や観葉植物に囲まれて働けるのもうらやましい。大変なこともあるのだろうけど。

子供の頃は花屋さんになりたいという子の気持ちが全くわからなかったけど、今日初めてわかったかも。

帰りにモスバーガーをドライブスルーして、車で食べながら帰っていると、河川敷にずらっと桜が咲いていて、お花見もドライブスルーできた。なんとタイパ主義なお花見か。来年はゆっくりお花見したいな。と毎年思っている気がする。そして桜が咲くと毎年雨が降っている。

Webサイトを制作させていただいている谷内庸生さんのトークショーへ、備前凸版工作所に向かう。楽しみ。

4月3日(金)

仕事ばかり!仕事ばかりだと仕事のことしか考えないまま日々が過ぎて、全然豊かではないな〜。忙しい時期があって、その時期はがんばって、少し落ち着いた時に豊かに暮らすでいいんだろうか。いや〜。

昨日はなんだか夜まで元気で調子いいなーと思って、なんでだろうと思ったけど、コーヒーを遅めに飲んだからというだけだった。というのをコーヒー淹れながら気付いた。コーヒーに1日を動かされている。1日2杯までにしたい。

朝10時半の現在2杯目。

4月1日(水)

最近毎日が納期、締切、進捗会議みたいな感じで気が張っていた。もっとマイペースに働きたいけど、それだとだらだらしてしまうことがわかっているので、締切は大事。日々日記書けるぐらいの気持ちのゆとりは持っていたいな。

3月28日(土)

昨日は昼過ぎから岡山に移動して、初めてよなよな哲学ラジオのビデオPodcast収録をしてみた。配信するのが楽しみ。

その後、佐藤さん、うっちーさんと飲みに。兎という中華とナチュラルワインが一緒に飲めるおしゃれなお店。料理もワインもおいしかった。

3人で飲みに行くのが去年の4月に北海道に行ったときぶりで、もうあれから一年が経っていた。びっくりすぎる。早すぎる。

ワインをたくさん飲んで記憶が曖昧だけど、楽しい話から熱い話からためになる話からとても良い時間だった。3人で進めている仕事が終盤に差し掛かっていることもあり打ち上げっぽくもあった。みんなで良いものが作れていて嬉しいな。

3月27日(金)

怒涛のような一週間で睡眠時間もあまり取れず、日記も書けていなかった。以前に日記を書いてた時は一日でも欠かしたら嫌だから、書けなかった日の分は意地でもまとめて書くようにしていたけどそうすると書くのが楽しい日記がタスクになってしまってしんどいことになるのがわかったのでわざわざ書かないようにしよう。書きたかったら書けばいいし自由。これなら続けられそう。

昨日はちゃんと寝れた。火曜日の林檎さんのライブよかった。このライブにもし行けてなかったら、僕は何のために毎日をがんばっているのだろうかとセットリストを眺めながら苦しくなって耐えきれなかったであろう。

けど、ライブ中盤から「終わってしまう〜」という気持ちになってきて、帰ったらあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、本当にできる?とか生の林檎さんをBGMにしながら仕事のことばかり考えるタイムがあってもったいなかった。

けど、林檎さんが最後「生きてりゃもう御の字」という歌詞で締めてくれたおかげで、来場者みんな笑顔で明日からもがんばろうという気持ちで日常に戻っていけたはず。

アンコールの時、拍手のスピードが早くなって、早くなりすぎて、途中からまたゆっくりのスピードに戻って→また早くなって→ゆっくりに戻して...の繰り返しになるのが常だけど、この日はみんなでずっと早いまま拍手をし続けていてすごかった。予定調和じゃなく、本当に待望の拍手という感じがしてすごく迫力があって心強かった。信頼ができる。

3月24日(火)

今日はお昼から仕事をお休みにして、一人で呉へ行く途中。福山インター。

楽しみにしていた椎名林檎さんのライブの日。

こういう場合、今までだと電車か新幹線に乗って読書しながら移動した方が有意義だと思っていたけど、本を読んで気がついたら目的地に着くというのは移動した感が薄い気がしてきた。

自分の手足で運転して移動したほうが、移動自体をダイレクトに感じられて楽しめるのではないかという考えに至って、今回は車で移動してみる。

毎日見たり、読んだり、書いたり、忙しくしてしまうから、もっと頭を暇にしてみたい。車の運転でも散歩みたいに「考える」に集中することができるのかもしれない。それも試してみたいけど、聞きたいPodcastも溜まってるし、気になってたバンドの音楽もじっくり聴きたいし、読書ができなくてもやることがいっぱいありそうだ。

あと、長く運転することで、日常から抜けてライブへの気持ちを作っていけそうな気がする。

楽しみ楽しみ。

3月23日(月)

チャットからLINEから電話から、色んな方向から色々な依頼や相談をいただいた日だった。

あれ、ありがたいことに、なんだか最近そういった相談の数も頻度も多い気がする。

もしかして、AIの波によってWeb業界・IT業界全体の仕事の効率やスピード感がアップして、その結果、仕事の数や頻度がアップしてたりする??と考えた後、いや年度末だからかと思い直した。

けど、やっぱりありそうな気がしてきた。AIの発達がすごすぎて、うちの会社もAIによって仕事が奪われる日が来るだろうかとか、奪われないようにAIにできることはどんどん頼って使いこなしていこうとか、そうすればいつもばたばたと忙しくしている自分にも時間ができて、少しは楽になったり余裕が出てきたりするものだろうかと思っていたけど、違う気がしてきた。

どれだけ自分たちがAIを使って今までの仕事を効率化したとて、世の中全体も同じく効率化していくわけで、その分今まで作られていたWebや広告のスピード感もクオリティも難易度もひたすらアップするわけで、仕事の総量は減らないどころか増える一方ではということに気がついた。たぶんマラソン大会がF1レースになっていくみたいな感じだ。

いつになっても楽になんてならない気がしてきた。むしろもっと高度なレースに入っていくのだろう。大変な時代だ。